【孤独から解放される場所を目指して】 ~発達障害当事者と家族の支援に取り組む『NPO法人 アスペルガーアラウンド』の挑戦~

近年、発達障害に対する社会的認知は徐々に高まりつつありますが、当事者やその家族が直面する課題は依然として根深いものがあります。特に、目に見えない障害であるがゆえに、周囲の理解を得ることの難しさや、日常生活における様々な困難は、当事者だけでなく、家族や関係者にも大きな影響を及ぼしています。

そうした中、発達障害当事者とその家族双方に寄り添い、共に解決策を見出していこうとする支援団体が注目を集めています。『NPO法人 アスペルガーアラウンド』は、10年にわたる活動実績を持ち、当事者と支援者が共に手を取り合って課題解決に取り組む、新しい形の支援を実践しています。

今回は、同法人の理事長である櫻田万里氏に、活動の理念や特徴、そして発達障害支援の現状と課題についてお話を伺いました。

発達障害当事者とその関係者、すべての人々を支援する場として

ー櫻田さま、本日はどうぞよろしくお願いいたします!まずは、『NPO法人 アスペルガーアラウンド』様の活動概要についてお聞かせください。

櫻田万里 理事長(以下敬称略):私たちは発達障害の当事者の方々と、その家族、職場の同僚、友人など、関わるすべての人々の支援を行う場として活動しています。これは一般の方々にはなかなか伝わりにくい部分かもしれませんが、発達障害に関わる課題は当事者だけでなく、周囲の方々にも大きな影響を与えるものなのです。

10年前に任意団体として活動を始め、2024年にNPO法人として新たなスタートを切りました。現在、ホームページの内容も刷新しているところですが、私たちの理念は「発達障害の人と共に手を取り合って活動を進めていく」というところにあります。

設立の経緯 – 家族の経験から見えた支援の必要性

ー櫻田様が支援活動を始められたきっかけについて、お聞かせいただけますか?

櫻田:設立当時は、障害者差別解消法をはじめとする発達障害に関する法整備も十分でなく、社会的な認識も今ほど広まっていませんでした。私自身、13年間障害児学校で教鞭を執っていた経験から、発達障害への理解が一般的には十分でないことも実感していました。

特に印象的だったのは、発達障害の特性により生じる様々な課題が、本人も周囲も理解できずに苦しんでいる状況でした。例えば、ネット上の掲示板などで、パートナーの発達障害的な特徴に悩む方々の声を多く目にしました。障害が目に見えないがゆえに、関係性が徐々に悪化していくケースも少なくありません。

こうした状況を見て、障害への理解を深め、お互いを支え合える場が必要だと強く感じたのです。特に当時は、発達障害のパートナーを持つ方々の悩みを共有できる場所が極めて限られていました。

「見えない困難」と向き合う日々 ~発達障害当事者とその家族の現実~

ー発達障害の特性は、具体的に日常生活のどのような場面で影響を及ぼすのでしょうか?

櫻田:発達障害の特性は、一見些細に見える日常生活の様々な場面で大きな影響を及ぼします。例えば、時間の概念が一般的な感覚と異なっていたり、対人関係における距離感の取り方に特徴が見られたりします。

家族旅行の計画を一例であげさせていただきます。通常であれば、宿の予約や持ち物の準備など、数ヶ月前から計画を立てて準備を進めるところ、「今日行こう!」と当日になって突然言い出すようなことがあります。ご本人にとってはそれで良いのかもしれませんが、家族は大きく振り回されることになります。

さらに深刻なのが、人生設計に関わる部分です。子育てや住居の選択、教育費の準備など、長期的な計画が必要な事項について、なかなか共通認識を持てないことが多いのです。「子供が生まれたけど、この子の将来をどうしよう」「今はパート収入だけど、子供が2人になった時の住居をどうしよう」といった将来の計画を立てることが難しく、その結果として家族が不安を抱えることになります。

また、金銭管理の面でも特徴的な課題が見られます。例えば、高収入で社会的にも成功している方でも、「お金は大事だから」と極端に消費を抑制し、家族に十分な生活費を渡さないケースもあります。「外から見れば裕福な家庭なのに、子供の学費すらパートで稼がなければならない」という状況に悩む配偶者の方もいらっしゃいます。

これらの課題は家庭内だけでなく、職場でも同様に現れます。優れた才能を持ち、素晴らしいアイデアを出す一方で、計画性や継続性の面で課題があり、周囲の人々が対応に苦慮するといったケースも少なくありません。

このように、発達障害の特性による影響は、日常生活のあらゆる場面に及びます。しかし、これらの課題は決して当事者や家族の努力不足によるものではなく、むしろ特性への理解と適切な対応方法を見つけることが重要なのです。

すべての性別に開かれた支援を目指して ~従来の支援の枠を超える取り組み~

ー他の支援団体とは一線を画す、『アスペルガーアラウンド』様ならではの特徴をお聞かせください。

櫻田:私たちの最大の特徴は、発達障害の当事者の方々と共に活動を進めているという点です。これは設立当初からの重要な理念であり、NPO法人化後はより強化されてきている姿勢です。発達障害に関わる方と発達障害者は、お互いに手を取り合って問題解決を目指していくことが大切だと思っています。

また、性別を問わない支援提供も重要な特徴です。発達障害は以前、男性に多いとされていましたが、実際には性別に関係なく様々な方が困難を抱えています。例えば、発達障害の特性を持つ女性が仕事では活躍しながらも、家事や育児に課題を感じるケースや、逆に男性が家事や育児の負担を一手に担わざるを得ない状況など、多様な課題が存在します。

特に男性の「ワンオペ育児」の問題は、社会的にもまだ十分な理解が得られていない状況です。「イクメン」という褒め言葉で片付けられてしまうことも多いのですが、実際にはより深刻な課題を抱えているケースも少なくありません。

「理解」から「実践」へ ~カサンドラ脱出プログラムが実現する包括的支援~

ー『アスペルガーアラウンド』様のメイン活動である「カサンドラ脱出プログラム」の具体的な内容について、詳しくお教えいただけますか?

櫻田:私たちの活動の中心となっているのが「カサンドラ脱出プログラム」です。このプログラムは、孤立から解放され、具体的な解決策を見出していくための3つのステップで構成されています。

1つ目は「仲間とつながる場づくり」です。多くの方が「自分だけが悩んでいるのではないか」という孤独感を抱えています。私たちは、同じような経験を持つ人々が出会い、経験を共有できる場を提供しています。特に重要なのは、この「つながる場」を全国に広げていくことです。

2つ目は「発達障害への専門的な理解を深める」ステップです。発達障害に関わる方に発達障害当事者が支援者となって相互理解を深めていく実践的な機会を設けています。特に力を入れているのが、専門家との連携です。例えば、発達障害の特性を理解したファイナンシャルプランナーと協力し、家計管理の課題に対する具体的な支援をしています。

家計に関するの経済面での支援の例を挙げると、通常家族間ではやらないようなデータやビジュアルを活用したプレゼンテーション形式など、特性に合わせたアプローチを準備してもらいます。また、弁護士との連携により、法的な課題への対応も行っています。

3つ目は「自己成長の場の提供」です。対象者は、発達障害に関わる方です。発達障害者に振り回されてしまう方にも、実は傾向があるんです。自己主張が苦手だったり、自分より周囲を優先して自己犠牲をはらうような傾向が強いのです。2つ目のステップを踏んで障害理解をすすめても、関わる方にこのような資質が強いと発達障害者との関係は変わりません。つまり、発達障害に関わる方が、なぜ、自分は振り回されてしまうのかという自分と向き合い、変わっていこうとする場が必要になります。発達障害と関わって疲弊してしまった方は、周囲に理解されてこなかった孤独感を抱えています。同じような体験をされた方がともに受けられるセッションには、仲間同士の励まし合いや成長が期待できます。

さらに、支援の輪を広げるため今後は、支援者の育成にも力を入れています。福祉の専門家だけでなく、様々な分野の専門家と協力し、包括的な支援体制の構築を目指しています。

カサンドラ脱出プログラムは、小冊子としてもAmazonで販売されており、より多くの方々に活用していただけるよう情報提供を行っています。入門編はすでに6000部が全国に頒布されている小冊子です。26ページしかないこの薄さが疲弊され無気力に陥っている方でも読める手引書として好評です。さらに中級編では、一般書籍では取り上げられていない親子関係や成功事例など、数多くの体験談がお読みいただけます。

中級編はこちらから

ー支援活動を行う中で、特に大切にされている価値観や理念についてお聞かせください。

櫻田:私は「誰も孤独にならない社会」を常に意識しています。私は、ろう学校の教員として社会人をスタートしましたが、そこで学んだ大切なことは、聴覚に障害があることよりも「ろう文化」についてでした。誰にでも自分のための文化があります。それは外から誰かが分類する病名や障害名ではなく、自分を大切にする文化です。障害がある人から広がった「セルフアドボカシー」という概念は、発達障害に関わって振り回されている方こそ、もっと意識して良いと思います。自分を大切にできずに我慢ばかりしている人は、人にも我慢を強いるのです。

私たちは、発達障害の当事者の方々に初期段階から活動に協力参加していただいています。なぜなら、カサンドラ状態(弊会ではカサンドラ状態と呼んでいます)は、発達障害当事者とその周囲の人々との関係性から生じる課題だからです。心ある発達障害者の方々(当事者=発達障害ではない。弊会の場合は当事者は、発達障害に関わる方にあたります)は、「これは私たちの問題でもある」と理解し、積極的にカサンドラ状態に陥っていた方の支援に関わってくれています。協力してくれる発達障害の方々は「セルフアドボカシー」を身につけています。自分が何者かを理解し自分を擁護できる力があるからこそ、他の人を支援できるのです。

私たちの活動に参加される方には、発達障害と関わったことを契機として、より豊かな生き方をつかんでいただきたいのです。10年前には周知されていなかった発達障害とその関わる方の課題は、カサンドラという言葉として私が考えていた以上に浸透してきました。これからは周知の先へすすんでいくときだ思います。

今後の展望 – 持続可能な支援体制の構築へ

ー今後の展望について、現在抱えている課題も含めてお聞かせいただけますか?

櫻田:現在の最大の課題は、運営資金の確保です。NPO法人として非営利で活動していますが、会場費用や講師への謝礼など、様々な経費が発生します。今後は助成金の申請なども含め、持続可能な運営体制の構築を目指しています。

活動のアイデアは豊富にありますが、それを実現するための資金面での課題は避けて通れません。今回のような取材を通じて活動を広く知っていただき、新たなご縁が生まれることを期待しています。

「才能と困難の両面を理解する」~発達障害支援が目指す真の共生社会へ~

ー最後に、発達障害に関して悩みを抱える方々へ、メッセージをお願いできますでしょうか?

櫻田:発達障害に関して悩みや困難を抱えている方々へ。あなたは決して一人ではありません。『NPO法人 アスペルガーアラウンド』には、あなたを理解し、支援してくれる仲間がいます。

特に最近は、男性からの相談も増えています。例えば、うつ病の治療で訪れた医師から、パートナーとのコミュニケーションの課題を指摘され、自身の発達障害に気づくケースもあります。一見些細に見える日常的なコミュニケーションの行き違いが積み重なり、無力感や諦めを感じている方も少なくありません。

発達障害は、外見からは分かりにくい特性を持っています。優れた才能を持ち、社会で活躍している方の中にも、発達障害の特性を持つ方は少なくありません。大学教授や弁護士、企業経営者など、様々な分野で活躍されている方々もいらっしゃいます。

しかし、そうした方々も、家庭生活やコミュニケーションの面では様々な課題を抱えていることがあります。特に親密な関係性の中で生じる困難は、外からは見えにくく、理解されづらい面があります。

そうした方々に、ぜひ『アスペルガーアラウンド』の門をたたいていただきたいと思います。私たちは、孤独感から解放され、共に成長していける場を提供していきます。発達障害についての理解を深め、当事者も周囲も、より良い関係性を築いていけるよう、これからも支援を続けていきたいと考えています。

あなたの「もしかして」という気づきを、より良い未来への第一歩にしていきましょう。私たちは、その歩みをしっかりとサポートさせていただきます。